人生は巡る季節の様に

UTMFと別府大分マラソンを目指す!ランニング人生の軌跡

LSD (3時間00分04秒) -20170128

LSD 3時間00分04秒、23.86km(7'33"/km)

2週間ぶりにLSDの実施。ちなみに、2週間前は2時間30分56秒/20.01km(7'33"/km)だった。また、その更に1ヶ月前の12月中にもLSDを2度行っており、記録は2時間07分/17.1km(7'21"/km)と2時間16分04秒/18.13km(7'30"/km)である。今回は3時間LSDの予定で走り、ほぼ予定通りに走り終えた。3/19(日)の板橋Cityマラソンのトレーニングとして、これらのLSDがマラソン向けトレーニングということになる。

徐々に距離と時間を延ばしてきてはいる。今回の3時間LSDの結果としては、まずまずと言えるとは思うが、毎回のことではあるが余裕度は全くなかった。前半をもっとゆっくりと入ってもよかったが、これも毎度のことである。コースは河口湖畔の周回コース。勝山から奥河口にかけては残雪が多く、歩道がほとんど雪で埋まっている車道は避け雪で凍りついている遊歩道を走った。残雪の上を走ることはそれなりに面白くはあったが、走りは大きく乱れた。その影響からそれ以降もペースが上がらず、寒さもあり体が動かなくなったが、その後持ち直した。

キロ7分30秒ペースで2時間30分を超えた頃になっても予想していた疲労感もなく無難に走り終えるかと思ったが、ラスト10分で急に息苦しくなり一旦立ち止まざるを得なかった。貧血症状により頭がクラッときたが、何とか3時間は走り切れた。しかし、余裕度は全くなかった。

次回のポイント練習ではペースをキロ6分30~45秒くらいでのロング走25kmをと思っていたのだが、今回の3時間LSDの調子では少々厳しいかもしれない。もう一度、3時間LSDを実施した方が良さそうだが、これは少し考えたい。

しかし、今の状況では3/19の板橋Cityマラソンは5時間かかるのではないかと思えてきた。このまま、LSDだけで終わる可能性もあり得る。ロング走を30kmまで延ばすことはちょっと厳しいかもしれない。まあ、どうであれ、とにかく長い距離を何度も走る機会をもたない限りフルマラソン本番でもがき苦しむことになる。そうならないためにも、今日の様なトレーニングを行う日を週に1度はもつべきであろう。

目指したい具体的なジャーニーラン(現状レベル)

究極的に憧れるジャーニーランとは、はやり、長期間に渡るステージ制のものになるだろう。長期間と言っても、1週間程度が想定される。それ以上のものは現状はちょっと考えられない。また、ステージ制ではなく、全行程を一気に進むレースもあり、むしろ、こちらの方が一般的かもしれない。個人的にはジャーニーランと言えば、ステージ制をイメージするが、ステージを区切らないレースも魅力的ではある。どちらのタイプのものにもチャレンジしてみたいと思ってはいる。

しかしながら、今現在の自分自身の実力を振り返って見てみると、そのジャーニーランのスタートラインに立つまでにはとてつもなく時間を要するかのように思える。フルマラソンの完走は15回前後にはなるであろうか。フルマラソンの自己ベストは3時間45分(2011年)であるが、昨年の約半年のブランクの後の現在では無難に走っても4時間30分程度になるのではないかと思う。ウルトラマラソン(100km)は完走2回(何れも14時間ギリギリ)。ウルトラトレイルーレースの経験としては、ハセツネ(71.5km)完走2回(何れも21時間以上)、STY(70km以上)完走1回(20時間ギリギリ)という程度である。

現状レベルをどう考えてみても、200km超の距離を走りきれる訳がないのは明らかだ。ステージ制であれば、1日目でリタイアであろうし、200km超のレースであれば完走はどう見ても難しそうだ。今後の距離を延ばすトレーニングが必要となるのも明らかであり、根本的にトレーニング量が足りなさ過ぎる。(また、それはこれから考えていこう。)

とは言っても、やはり、目指す具体的なものがないと進んでは行けない。では、現状で努力次第で手の届きそうなレースにはどんなものがあるのか、一応、挙げてみて夢をつなぎたいと思う。まずは国内のレースの中で、今後の頑張り次第では近い将来(数年以内か)にはスタートラインに立てるのではないかと思えるものだ。

・「沖縄本島1周 T.O.F.R.2016」約270km/3日間ステージ ・「第1回みちのく津軽ジャーニーラン200km」 ・「小江戸大江戸200k」 ・「UTMF」

これらはステージ制になっていたり、そうでなかったり、抽選だったり、厳しい条件があったりと出場したいと思えば誰でも出場できる訳ではないが、何となく方向性が見えてくる。ロードであれ、トレイルであれ限定せずにジャーニーランだと思えるものを目標に設定したい。ただ、究極的には長期的ステージ制こそ真のジャーニーランだと思っているので、それはそれで心に留めておく。

また、現状では無謀な目標としか思えない、『日本横断「川の道」520kmフットレース(520km)』や『トランス・エゾ 北海道縦断ジャーニーラン(545km/555km/1100km)』などもある様だが、まだそこまでは考えられない。更に、海外のジャーニーランも様々あるが、こちらは憧れは憧れとして、これから調べてみたいと思う。

さて、当面の問題は200kmという距離をどうやって走れるようになるかということであるが、これからじっくりと考えていく。まずは、何年後のどのレースを目標に、これから先どういったレース経験を積んでいくべきかということである。

ジャーニーランを目指すブログへ変更

右往左往の挙句の果て、ブログタイトルをまたもや変更した。『人生は巡る季節の世の様に』というタイトルから、「ジャーニーランを目指すブログ」へ。実際のところ、ジャーニーランを究極的に目指しているのだから、そのままのタイトルということになる。今までは、UTMFや別府大分マラソンを目指すブログなどというタイトルにしたこともあるが、最終的な到達地点を目指すものとしたと言えようか。

これで、滞りがちなブログの更新もいくらかはましになるのだろうか。ジャーニーランを目指す取り組みを個人的にあれこれ連ねていくだけではなく、日本各地や世界で現在行われているジャーニーランを調べた結果報告的な記事も書いていくつもりではある。

現在はフルマラソンもまともに走り切れないレベルに過ぎないが、これから本格的に距離を延ばしていかなければジャーニーランなどということには到底ならない。ここで言うジャーニーランは、一日毎のステージ制になっているものを指す。距離が仮に250kmであれば、これを夜通し走り制限時間内に完走を目指すのではなく、一日50kmを5ステージに分けるなどするものだ。ロードもあればトレイルもある。アドベンチャーレースに近いとも言えるのかもしれない。おそらく、徐々に目指すものは明確になってくるものと思う。今は方向性だけでよい。

フルマラソンの距離のロードやトレイルランをクリアした後には徐々に距離を延ばし、それが100kmを超え、200kmを超えていく。その過程は、時には40~70kmクラスのウルトラトレイルレースになったり、100kmのウルトラマラソンになったりするだろう。更に、UTMFの様な100マイルのトレイルになったり、日本横断するような超ウルトラマラソンになっていくものと考えられる。ジャーニーランに行き着くには、まだまだ先は長い。

UTMF/STY2017の開催は中止となった

https://twitter.com/UTMtFUJI/status/811828636307353601

注目されていた来年のUTMF/STY2017の開催の延期が発表された。やはり、昨年今年と9月の開催で降雨に悩まされた影響が大きく響いたと思われる。次回は2018年の春季の開催を目指すとのことだった。

個人的な予想としては、2017年も今年に不通となった場所の代替ルートを規定しての9月開催となるかと思っていたが、今年の件で関係諸団体からの圧力が少なからずあったのではないだろうか。

2017年の開催中止ということを受けて、一瞬の喪失感に覆われたが、立ち止まってばかりいてもいけない。結局は抽選となるが、2018のUTMF/STYを視野に入れた上で、今後のエントリーレースを決めていかなければならない。

現状では、来年エントリーを目指すトレイルレース候補がいくつも浮かんでは消えていくが、年末年始を目処に今後の新たな目標と具体的な方向性を決めていきたい。

実のところ、2017年のSTYのエントリーを目指していたのだが、開催中止ということなので時間ができ2018年のUTMFをいきなり目指すという選択肢もあり得ることとなる。あるいは、結局は抽選という不確定要素が大き過ぎるので、東京マラソン同様に初めから落選を前提としたレースエントリー戦略を検討してもよいとも思う。また、国内の100マイルレースだけではなく、海外に初めから目を向けてもよい。それらのことを含めて、少しの間、考えてみたいと思う。

UTMF/STY2016英語版ドキュメント番組を観た

[caption id=“attachment_1426” align=“alignnone” width=“640”] 田貫湖からの富士山-UTMFでは背後の長者ヶ岳から湖畔まで下り白糸の滝方面へ向かう[/caption]

NHK WORLDにてストリーミング放送された「ULTRA-TRAIL Mt.FUJI 2016 英語版ドキュメント番組」を観た。今年は2016年9月23日(金)〜25日(日)3日間の開催だったが、大会史上初の悪天候による距離短縮(UTMF)、途中中止(STY)であった。このストリーミング放送を観て、改めて今回の状況を知った訳である。

ちょうどこの時には熊野にいた。熊野古道・中辺路を歩いている最中にUTMFのスタートが遅れていることを知ったのだった。まさか距離短縮になり、更にSTYが途中で打ち切りとなるなんて思いもしなかった次第だった。しかし、今回のストリーミング放送により、この様な結果となった理由が理解できる様な気もした。

せっかく世界中から集まったトレイルランナーが楽しみにしていた46時間、もしくは20時間を消滅させざるを得なかった側の苦渋の決断や実際のランナーの悲しみ等も十分理解できるものである。そして、その決断の是非や代替ルートの有無を問うのではなく、その事実(悪天候、コースの状態、安全面、等)を受け入れ、経験として学び、次に進むことしかできない。

同時に、富士山麓を一周走るという壮大なトレイルランニングは、今回のようなことが起こりうるということを前提として認めなければならないのではないか。ロードを走るフルマラソンやウルトラマラソンでは考えられない環境の変化もトレイルランニングでは想定内の状況として予め織り込む必要がある。レースという管理された中でスタートしゴールするのであれば、与えられた状況の中で精一杯の力を尽くすことしかできることはない。

そして、今後はトレイルランナーとしては、大会側に大会規定として細かに指示されなくとも、当たり前のこととして装備には万全を尽くし環境の変化には十分対応できる様に準備しなければならない。UTMFでなくとも、別のトレイルレースであったとしてもそうありたいと思う。更に、悪天候の場合はレースの途中中止もあり得るということを想定した上で、与えられた環境の中で全力を尽くすことだ。

LSD (2時間16分04秒) -20161217

LSD 2時間16分04秒 18.13km (7'30"/km)

2週間ぶりにLSDを行った。距離も時間も前回より少々延ばしたが、ほぼ同じのトレーニングと言える。2週間前は途中から大きな疲労感に襲われたが、今回はその様なことにはならなかった。終盤には少々息苦しさを感じたが、楽で余裕があり過ぎるという訳ではないが、まあ無難なトレーニングだったと言えよう。今後、徐々にLSDの時間を2時間30分から3時間へとのばしていってもよいと思われる。

LSDのペースはキロ7分30秒の一定ペースで走ることを想定しているが、今日のペースは安定していたとは言えない。中盤から向かい風の影響でペースは落ち、後半は逆に追い風でペースが上がった。まあ、平均すればキロ7分30秒ペースなのでこれはこれでよしとしたい。右膝への少々の痛みや違和感を感じることはあるが、知らないうちに痛みも消えていくだろうという程度のものになっている。これから急激なペースアップをすることはないので、右膝のことは忘れてもよいかと思う。

たいていロング走やLSDというポイント練習を行った後にはダウンすることが今までは多い。特に、午後は走った場合には夕食後に速攻でダウンというケースがほとんどである。そして、今回もその通りとなった。基本的に貧血体質であるため、食後は血液が胃腸に集中するせいか、ある時間は動けなくなってしまう。日常でもそうなのであるから、ポイント練習後はなおさらのこととなるのだ。

2時間LSDを今回も行ってみて思うが、まだまだである。このままではフルマラソンを走っても辛い思いをするだけで終わる可能性が非常に高い。まあ、まだレースまでは3ヶ月あるが、結局は日々のトレーニングにおいて坦々と走っていくしかない様である。魔法のトレーニング方法等ないのであるから。

2017年はランニング日誌を再び手帳に書き込む

[caption id=“attachment_1419” align=“alignnone” width=“640”] 12月16日早朝の富士山[/caption]

2008年7月からフルマラソンのトレーニングを開始した。始めた頃は毎日の様にランニング日誌をつけていた。その頃は月刊ランナーズを定期購読していたので、付録としてついていたランナーズのランニング日誌をそのまま利用していた。毎日、せいぜい5行程度の内容であったが、その日の走った距離や時間、調子、走り終えた後の状況等を小まめに書き付けていた様だ。そして、5年ほど経った後に、月刊ランナーズの定期購読を止めた年にランニングダイアリーを書き付けることもやめてしまったのだった。

ちょうどトレーニング量が激減してくる頃だった。フルマラソンの自己ベストも頭打ちになり、東京から引っ越した時である。新しいランニング環境で試行錯誤するがなかなかモチベーションも上がらずにいた。そんな時、ランニング日誌を書くのを再開してみたことがあった。ランニング日誌はランナーズダイアリーから市販のダイアリー(以下のシリーズ)に変えた。書き込む内容を増やしたかったからだ。年間目標から年間・月間スケジュール、もちろん日々の記録やその一週間を振り返るウィークリーメモも付いている。月間ランナーズの付録のランナーズダイアリーからランニング日誌もグレードアップした訳だったのだが、そのランニング日誌も1年も続かなかった。

結局、モチベーションは低いまま、ランニング日誌もつけない日々が続き、徐々に体力は退化し、たまたま2015年にはSTY、ハセツネと完走した後に十二指腸潰瘍でその後半年間、完全に運動をやめてしまったのだった。今年2016年の春~夏頃から再び走り始めたのだが、休養による体力の退化と再開後に再発した右膝の痛みのため今ひとつモチベーションが上がらずくすぶっていたと言ってもよいかもしれない。

そして、2017年からは再度、ランニング日誌を導入することを決めた。(以下)

 高橋 手帳 2017 ウィークメモ付きダイアリー A5 No.62

これは、月刊ランナーズの付録から替えたものと同じものである。やはり、毎日のランニングと向き合うためにはランニング日誌が最適である。SNSやブログに打ち込むのとは異なり、実際にあれこれ考えながら手書きで書き込む方が頭を整理できる。特に読み手を気にする必要もなく、自分自身と真に向き合うことができるのだ。何回もブログ等をランニング日誌に代用することを試みるが、どうしても長くは続かない、と言うより無理だ。手書きの日誌に勝るものはない。少なくとも、手書きのランニング日誌が自分には合っている様だ。

日々のランニングを通して、残りの人生と真に向き合うためにも、このランニング日誌を書き付けていく。元々、10代、20代の頃は手書きで日記を書いていた頃もあって、人生の後半から終盤にかけても再びそこへ戻るということなのかもしれない。ネット時代に消滅してしまった何かをもう一度取り戻すかの様でもある。現在の12月は手帳の前年の12月の月間予定欄のみ利用しているが、来年からできるだけ長く続けたいと思っている。否、続けなければならないような気もしている。