人生は巡る季節の様に

ランニング人生の軌跡

STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(4)[毛無山~本栖湖]

2012/5/20(日)

0:00を過ぎて日付が変わった頃、依然として、いつ終わるとも予想できないアップダウンを繰り返していた。 毛無山を過ぎてからは上りは少なくなった様な気がしたが、まだまだ先が見えない。 (注:2014年のルートは雪見岳から麓へ降りるため、毛無山や雨ヶ岳といった最難関は回避される。) 地図を広げてもっと詳細に確認すればよかったが、見たところで距離が短縮される訳でもなく、ただただ少しずつ進むことだけを考えていた。

この頃から登山道の脇に横たわり休む人、仮眠をしている人、完全にサバイバルブランケットで体を覆って寝ている人が目立ち始める。先に天子山地へと入って行ったUTMFの人達である。STYの場合はとりあえず先に進む余力は残っている様だ。 (注:2014年はコース途中で仮眠することは禁止されている。仮眠はエイドにてのみ。)

当初の予想では、西富士中学校を15:00には出たのであるから、0:00を回った頃には本栖湖の気配が見えてくるかと思っていたが、一向にそれも見えてこない。 おそらく、雨ヶ岳の頂だったと思うが、2:00頃だったであろうか、休憩中の周りの人が次の関門の5:00には間に合わないかもしれないのではないかと言うようなことを話しているのを聞いた。 しかし、この後に最大の下りの連続が続くことになる。ストックを駆使して左膝をかばいながら慎重に下るしかない。

この時、左膝の痛みに構わず、痛みに耐えながら、次のエイドステーション(関門)までペースアップするという選択肢もあったが、STY後の今シーズンの再起不能を避け、その選択はしなかった。 たとえ関門でタイムオーバーとなっても、決して無理はしないという今回の考えを守ろうと思った。

長い下りが続く中で、徐々に平地が近いと感じつつあった。眼下には車のヘッドライトが通り過ぎるのを目にすることも出てきた。ようやく本栖湖が近いのかと思っていたら、また上りが始まった。 本栖湖まではもう一山、竜ヶ岳を越えなければならなかったのだ。とにかく前に進むしかない。いつ到着するのか、どこがエイドステーションなのかも分からず、時刻が過ぎていく。

ようやく竜ヶ岳を下り始め、この下が本栖湖だろうと思ったが、脚は先に進まない。この頃、左膝外側の違和感や痛みは全く無くなったが、左胸の裏側の痛みが気になってきていた。筋肉疲労よりは内臓疲労を実感していた。特に天子山地の後半以降は空腹感はなく、携帯食も食べる気になれず、ハイドレーション内のスポーツドリンクも気持ち悪く思えた。唯一、ペットボトルの水だけが喉を通った。 しかし、胃腸の吸収が悪いのか、胃がタップンタップン状態となり、天子山地終盤はほとんど水分も摂っていない。

竜ヶ岳の下山途中で関門時刻の5:00を過ぎた。これでタイムオーバー。 その後は前後のSTYの選手の方々と話をしながら竜ヶ岳を下り本栖湖へ向かった。

(つづく)

STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(5)[リタイア後]