人生は巡る季節の様に

ランニング人生の軌跡

STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(5)[リタイア後]

AM5:25 ようやく本栖湖のエイドステーションに到着する。 関門時刻に25分遅れただけだった。エイドに到着しても、即、リタイア扱いなので、シューズに付いたチップを外すように言われ、返却し、AM7:30にはゴールの河口湖・大池公園へ向かう収容バスが出ると告げられた。

西富士中学校を出てから何と14時間も天子山地をさ迷っていたことになる。 予定では10時間以内に本栖湖に到着だったのだが、やはり進むのがゆっくり過ぎた様だった。 (今から思えば、14時間の中で25分くらいどうにでも短縮できたような気もする。地図をしっかりと見て残り時間と必要な以降のペースを把握していなかったのが最大の敗因である。)

リタイアした選手も収容バスが来るまでは休んでエイド食を食べてもよいということだったので、とりあえず関門でタイムオアーバーしてリタイアしたことをうちの奥さんへ電話で知らせた後に、トイレへ向かい、その後、食事場所へ。おにぎり2つと味噌汁1杯のみ食べた。あとは水だけ。食欲が全くない。内臓がかなり疲れている感じ。

食堂では隣り合わせになったUTMFの人と話をしつつ休憩。そして、しばらくウトウトしつつ、時間を見ると7時過ぎとなっていた。どうやら収容バスが到着している様なので外へ出てバスへ向かう。 バスへ乗り込むと既に半分の席が埋まっていた。一番前の相席に座る。 7:30少し前に本栖湖を収容バスは出発した。

次のエイドステーションである鳴沢氷穴へと向かうルートには多くのUTMFの人達がほぼ歩いていた。 収容バスの中からその姿を眺める。あと25分速く本栖湖へ到着していればこの道を自分も走っていたのかと思うと辛かった。そして、ウトウトしている間に河口湖へ到着する。 ゴールの大池公園では続々と選手たちがゴールしているのを収容バスの中から見る。 (注:2014年のゴールは八木崎公園となる。)

STYの人達も次々とゴールしている。 その姿を見ながら、非常に悲しい気持ちになる。今までフルマラソン等で自分がゴールした後に収容バスが戻ってくるのを何度か目にしてはいたが、今回その人達の気持ちが痛い程分かった。

バスをそそくさと降りて、手荷物受取場へ向かう。 そして、更衣テントで着替えをして、荷物をまとめてまるで逃げる様にして会場を後にした。

<2012年STY男子> 1011人中、841人完走(完走率:83.2%) ・西富士中学校到着時刻/14:12(805位) ・本栖湖到着時刻/翌日5:25(891位)ラップタイム15時間13分

この結果を見ると、とにかく最初から遅過ぎた様である。 最初からゆっくりし過ぎた上に、左膝をかばうことで更に時間を遅くする要因となった。 休憩のし過ぎはやむを得ないのだろうが、時間を遅らせた要因の一つ。 結局、膝に不安をかかえてのゆっくりペースであったが、完走には至らなかった。

予想以上の高い完走率に驚いた。 膝に問題がなければ自分だって完走できたのではないかと何度も思うが、それは思っても仕方のないこと。 今回の良い経験を次に生かしていくしかないと思った。

9:10 河口湖駅発の高速バスで新宿へ向かう。たまたま隣の席がUTMF/STYのボランティアの方だったので少々雑談。その後、車中ではほぼ寝ていた。12時頃には自宅へ到着。夕方まで寝た。帰った直後も食欲なし。ビスケットを2枚のみ食べる。夕方、17:30頃起き上がる頃には食欲も戻り、大福、ビスケット、エネルギージェルを摂り、19:00頃より夕食を済ませた。その後、また寝てしまう。深夜、一旦起きて布団を敷いて再度寝る。

STYリタイア後はフルマラソン完走後の様な筋肉痛は全くなし。 そして、左膝外側にも痛みがない。消えている。走り終えた直後には多少違和感等あったが、今は全くない。 サポートタイツとストックによる影響か、天子山地に入る前に痛んでいた痛みが全く消えている。 筋肉痛は両腕、首筋、両肩、背中、ふくらはぎのみ。 つまり、長時間山道を歩いている間に、腸脛靭帯炎が完治したことになるのであろうか。 STYの1ヶ月前のかすみがうらマラソンで悪化した腸脛靭帯炎が不思議にもほぼ消えた。 (後日、走り出しても、左膝外側が痛みだすことはなかった。)


リタイアという結果になったが、この年2012年のSTYは一体私にとって何だったのかをよく考える。 天子山地の中を12時間以上に渡り、それもヘッドライトを点けて深夜にさ迷い歩いたのは何のためだったのか。 STY完走ということを目標にして、山中いつ終わるとも分からないアップダウンを繰り返していた訳ではあるが、リタイアした後も振り返ると懐かしくも思える。その時の悔しさは蘇ってくるが、暗闇の静寂の中を前にも後ろにも人がいない状態で淡々と独り歩き続けていたことが何やら微笑ましい様に思う。またあの感覚を体験したいとも思う。 確かに完走が目的ではあったが、私の場合は、日常を離れた場所での冒険の様な異次元世界にでも入り込んだかの様な感覚が輝きを持って思い起こされる。膝を壊しても良ければ完走はできたに違いない。でも、その選択をせず、私は淡々と現実世界から遠く離れた異世界の闇の中を歩き続けた。ウルトラトレイルに参加することは、むしろそちらの方が目的だったのかもしれないと今からにして思う。

私が24時間以上を制限時間とする夜間走行を伴うウルトラトレイルに出場したいと思い続けるのは、完走が目的というよりも異世界に自らを誘いたいと思う方が強いのだと思う。また、自らの限界のチャレンジすると言うよりも、その旅に参加すること自体に価値を内在しているのだと感じている。

STYはほぼ丸一日を要する異次元体験であるが、UTMFはその倍の丸二日をかけた冒険旅行である。 この何とも贅沢で豪華な富士山麓一周の旅に今度はぜひとも参加したいと思う。 今や自らの存在性を強烈に実感できるのがウルトラトレイルである。 もし数年以内にUTMFに参加でき、制限時間内にゴールできたとするならば、おそらく今までの自分の人生をすべて受け入れることができるであろう。それがたとえ人生最後の瞬間だったとしても納得するかもしれない。

(終わり)

STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(1)[スタート~北山] STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(2)[北山~天子ヶ岳] STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(3)[長者ヶ岳~毛無山] STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(4)[毛無山~本栖湖] STY2012は本栖湖でタイムオーバーだった(5)[リタイア後]