人生は巡る季節の様に

ランニング人生の軌跡

今度こそロードランニングの限界を納得したのか

<山中湖ロードレース2014(5月25日実施)を走り終えて>

今までに何度となくロードランニングで記録を向上させるための限界を感じてきた。
具体的にはフルマラソンやハーフマラソン、もしくは10kmレースにおいて、それ相応のトレーニングを実施してレースにおいて自己ベストを更新することを人生の目的とするかのように、生きる情熱をランニング人生に注ぎ込むということを継続すること自体への限界である。

加齢により心肺機能の低下は避けられない。
どうあがいたとしても、20代・30代前半の頃の心肺機能と50歳を迎えようとする時点における心肺機能とは歴然とした差が現れる。どんなに認めたくなくても認めざるを得ないレベルの差である。確かに心肺機能の低下を通常の年齢における低下速度よりは緩やかなものとすることは可能かもしれない。しかし、年を重ねれば重ねる程に、想像を絶するモチベーションと市民ランナーのレベルをはるかに超えたトレーニング内容を血のにじむ様な努力の継続を持ってしても可能かどうかは保証されないという世界である。

私も東京マラソンを走りたいという動機から2008年の7月、43歳の頃から走り始めたが、トレーニング量に比例するかの様に記録が伸びていたのは、せいぜい3年くらいである。
もちろん市民ランナーであれば誰もが犯す過ちである身体への負荷のかけ過ぎによる故障を経験して、現在のフルマラソンの自己ベストが出たのが2012年2月の東京マラソン2012の時であり、ハーフの自己ベストもその直前の1月の新宿シティハーフの時であった。
ともかく、レースの目標を定めてある程度のトレーニングをこなせれば、最低限自己ベストが出ていた時代である。
また、トレーニングを積み重ねる過程においても、徐々に速く走れている実感があった。

しかし、トレーニング不足という理由だけでは片付けられない事態にここ数年で移行しているのだ。
40代半ばでちょっと努力すればできたことが50歳を前にしてそれができない。
今年の3月の板橋Cityマラソンではサブ4に復帰はできたと言っても、4年前の記録に劣るレベルにとどまっている。ともかくスピードが以前ほど出ないし、これからスピードが出るようになるとも到底思えない。

確かにインターバルトレーニングの様なトレーニングを積み重ねることでスピードは今よりも出るようになるかもしれない。しかし、果たしてそれこそが目指すところなのかどうかは分からないのだ。

しかしながら、昨日の久々のハーフマラソンであった山中湖ロードレースを走ってみて強く思ったことがある。今まで何度となくロード引退を宣言しながら別府大分マラソンへの憧れを忘れ切れずにいたが、今回の結果を受けて、おそらく今後の方向性もはっきりしたのだと思う。

ハーフマラソンということで実は密かに自己ベストは無理であってもせめて1時間45分くらいでは走れるのではないかと思っていた。キロ5分ペースである。
ロードを走るトレーニングには欠けると思っていたが、この程度の体調でハーフをキロ5分で走れない様では今秋のフルマラソンでサブ3.5なんて初めから無理だと思った。

スタート後の序盤の4kmは周りに合わせてキロ5分を切り込んだペースで進んだ。
しかし、心拍数が160bpmを超えてきて、正直この心拍数を続けられるのは3kmまでだった。
その後、一旦心拍数を150bpmまで下げてからペースを立て直そうと思ったが、10kmにも達しないうちに脚の動きがおかしくなり、150bpmは維持するもののベースがどんどん落ちてきた。5分30秒/kmくらいにまでなり、中盤で既にこの日の走るモチベーションを失っていた。

山中湖越しの富士山は美しく見えた。しかし、気持ちはもう走るのをやめたいと思うくらいにペースと共に落ち込んでいた。
山中湖からの富士山の御姿をじっくりと眺める余裕もない。

中盤からは後ろから抜かれる一方の展開。ラスト5kmを切ってからも1km毎が長く感じた。
自分は今日何のために走っているのだろうと思った。
スタート後オーバーペースで中盤から既に失速という状況であるが、とにかく楽しくない。
およそ1ヶ月前の4月にチャレンジ富士五湖100kmの序盤でこの山中湖周回を走ったが、その時様なこれからどんな世界が自分を待ち受けているのだろうというワクワク感が全くない。
あるのは早くゴールして走るのをやめたいという思いだけ。

こんなに自分はスピードがなかったか。
自分よりも体重の重そうなフォームも決して良くない男性ランナーに抜かれていく。
また、自分よりも小柄で脚力も自分よりも無さそうな女性ランナーに簡単に抜かれる。
心拍数は150bpmと序盤から変わらないが、ペースがどんどん落ちていく。

何とかゴールしたものの、貧血症状から立っていられない状態となる。
柵に手をついてしばらくじっとしていたら歩けるようになった。
今回は週のポイント練習の疲労が残るままにハーフマラソンを走ったのであって、もしかしたら体調万全ならばもっと満足できる走りができたのかもしれないし、また、トレーニングに万全を期した冬のハーフマラソンならば自己ベストに迫る結果となったのかもしれない。

しかし、『もうロードはいいかな。』という思いが心の底から響いてきた。

これでもやもやしていた今後の方向性がはっきりしたのだ。
今後はハーフマラソンに新たにエントリーすることはないと思う。
(今エントリーしてある8月の富士吉田火祭りロードレースが最後になるであろう。)

フルマラソンは引き続き都市型フルのみエントリーする。
抽選で当選したらトレーニングをできる限り重ねて、その時点でのベストを尽くす。
タイムはどうでもよい。自己ベストが出ればそれに越したことはない。

今秋は、大阪/福岡マラソンの抽選結果に従う。つくばマラソンはエントリーしない。
当選すれば7月以降にフルマラソンのトレーニングも計画する。
サブ3.5のことは忘れる。結果として近い将来、別府大分毎日マラソンに出られたらそれはそれで素晴らしいことだと思う。だが、それを目標にはしない。
別に心肺機能の衰えを理由にフルマラソンのタイムを追及することを諦めたという訳でもないが、別にそうでもよい。

レースの主軸はウルトラトレイルに固定する。
UTMFを目指し、UTMBを見据え、トルデジアンにあこがれる。
そして、多くの世界のウルトラトレイルレースに挑戦していきたい。
(しかし、どう進んでいくは分からない。)

今後は毎年ウルトラトレイルに標準を合わせる。トレーニングの一環としてミドルクラスのレースやスタミナ強化のため(超)ウルトラマラソンにも走るかもしれない。今秋のフルマラソンを終えてからこの結論にたどり着こうとしていたが、まあ遠回りすることもない。