人生は巡る季節の様に

ランニング人生の軌跡

走り始めた経緯

2008年7月・43歳の時にフルマラソンの完走を目指して走り始めた。
きっかけは2007年から始まった東京マラソンだった。
大都会の中を駆け抜けると思うと、それだけで憧れめいた思いが蘇ってきた。
一度、東京マラソンを走ってみたい。それが始まりだった。

学生の頃は高校、大学の途中までだが、陸上部で跳躍種目、主に走り幅跳び三段跳びをやっていた。
長距離種目は競技として行いたいという思いは無く、見るのは好きだった。

学駅伝を走ってみたいという願望はあったが、大学へは二浪して入ったためブランクを埋めることはできず長距離種目は断念した。大学時代の陸上競技では高校時代(県大会止まりのレベル)の自己ベストも超えられず、結局、3年も経たずしてやめた。

社会人となってからは、何がきっかけだったか明確には記憶にはないが、自分もいつかはフルマラソンを走ってみたいと思うようになっていた。

大きな動機付けとなっていることとして唯一思い当たるのが、NHKのドキュメンタリー番組でアメリカ大陸を走って横断するレース(おそらくトランスアメリカ大陸横断フットレースだと思われる)があることを知ったことか。これに大きな衝撃を受けたことは間違いない。

その後、幾度となく走るトレーニングを開始してはみるものの長続きはしなかった。
1995年頃、神奈川県にいた頃にジョギングを試みるが続かず。
1998年頃、兵庫県にいた時には一番長続きしてハーフマラソンに一度出るが序盤オーバーペースで途中リタイア。
2003年頃、東京でも一度試みるが長くは続かなかった。

しかし、2007年の東京マラソンの開始が状況を一変させたのだった。
東京マラソン2009に始めて応募するも抽選で落選。
初マラソンとしてNAHAマラソン2008にエントリーしてトレーニングを開始し、4ヶ月のトレーニング期間でフルマラソン完走を果たした。
トレーニングを続けられたのは多分、荒川河川敷の公園のすぐ近くに引っ越したことが大きく影響している。
「どうぞ毎日走って下さい」という環境に置かれて、走らざるを得なかった様だった。

そして、2008年の初フルマラソンでは5時間12分だったタイムも、2010年には始めてサブ4を達成。
その後、念願の東京マラソンも2012,2013年と二年連続で出場を果たしている。

また、トレイルランニングにも関心が向いた。
特に富士山麓をまる2日かけて一周するUTMF(ウルトラトレイル・マウント・フジ)には衝撃を受け、即座に魅了された。
2012年5月の第一回大会には富士山麓の半周の部門(STY)に出場を果たすも、その時故障中であえなく途中関門でタイムオーバーとなった。

2012年7月に東京から富士河口湖町へ移住。富士山麓の住人となった。
移住後は生活環境の変化からマラソントレーニングがサボり気味となり、月間走行距離も2012~2013年にかけては激減して走力はかなり減退した。
フルマラソンのタイムも4時間をなかなか切れなくなった。

しかし、徐々にトレーニング量も戻しつつあり、2014年3月の板橋Cityマラソンで2年1ヶ月ぶりにサブ4に復帰した。
2014年以降はフルマラソンのタイム更新と共に、UTMF出場・完走を目指してトレーニングを継続している。
また、100kmウルトラマラソンや200km以上の超ウルトラマラソンへの出場も目指したいと思っている。

[2014年3月31日作成]