人生は巡る季節の様に

ランニング人生の軌跡

TJARとは人生にとって何か

[caption id=“attachment_1526” align=“alignnone” width=“300”] 北アルプス立山[/caption]

2013年に出版された書籍『激走!日本アルプス大縦断』やNHKスペシャルでTJAR(トランスジャパンアルプスレース)のことを知った人も多いのではないかと思う。 そして、本を手にした人、テレビに釘付けになった人、誰もがこのレースの魅力に魅了され、多くの人がこのレースに心奪われたかもしれない。

私も書籍を読み、このレースに出るにはどうしたらよいのだろうと思い、すぐさまこのTJARについて調べてみたが、自分には到底無理な挑戦だとすぐに理解した。 書類選考を突破する見込みは全く無い。

そして、多くの人がTJAR2014へ向けて昨年から本大会への選考基準を満たすべく、2013年の夏山シーズンを足繁く日本アルプスへ通ったに違いない。 昨年のテレビ放送と書籍化により、登山家やマラソンランナーというよりは特にトレイルランナーの多くが影響を受けたのではないだろうか。

また、UTMFやUTMBといったウルトラトレイルレースの次の目標を探していた人の中には必ずこのTJARに新たな大いなる光を見出した人達がいたに違いない。 選考基準に足りない経験や技術、身体能力を埋めるべく、できる限りのあらゆることを行い、書類選考、選考会に臨もうという気持ちは私でもたいへんよく理解できる。

一方で、このTJARをトレイルランニングの延長線上に捉えるべきではないという大会本部側の考え方もよく分かる。 UTMFでは多くのエイドステーションが用意されているが、TJARでは全て自分の判断で何とかするしかない。休む場所も補給する食べ物もコースすらもだ。判断を誤ると死に至るかもしれない。

TJARは高所長距離高速縦走登山だと言えよう。超ウルトラトレイルレースでは決してない。 日本アルプスを縦走する熟練の登山者が、「では今度はどれ程速く移動できるのか」という発想であろう。まずは熟達した登山者でなくてはならない。 ウルトラトレイルランナーが、「どこまで3000m級の高い山々を幾つも越えて長く走れるのか」という発想ではない。 しかし、登山技術や知識に卓越していても、ウルトラトレイルランナーの持つ身体能力・スタミナ・強靭な体を持ち合わせていなければ、TJARは完走できないのではないかとも思う。

私の人生にとってUTMFの出現は正に心躍らんばかりのものだった。東京マラソンを発端とするフルマラソンのトレーニングは、このためにあったのだと確信した程だった。

そして、TJARの近年の盛り上がりもこれに続くものではある。 しかし、TJARはUTMFの延長線上にあるものではない。トレイルランニングから少し角度を変えて、縦走登山という方向から捉えなおす必要を要する世界だと思う。

富士山であれば、は五合目まで車で向かい、数時間で山頂へ到達し、その数時間後にはオハチ巡りを含めても五合目までは戻ることは可能である。 富士山で長時間過ごすことを考えれば、せいぜいオハチ巡りをゆっくり行うことしかない。 一方で、日本アルプスで長時間過ごすことを考えると、山小屋・テント泊等を含めた縦走登山しかない。

TJARの世界は日本アルプスの多面的な魅力を十分に伝えている。 私のような全く日本アルプスに馴染みのない様な者でも、心を日本アルプスへと向かわせる。

結局、私にとってTJARは、「山を走る」というトレイルランニングの世界に、「山で過ごす」という縦走登山という世界を融合させるきっかけを与えてくれたと思っている。 もし、TJARがなかったら、日本アルプスの登山ガイドや縦走登山、山岳地図の読図の書籍を読もうと思うことも無く、また、それに必要な装備に関心も向かなかったであろう。

TJARは、レース開催主催者によって決められ管理されたコースを制限時間内で戻ってくるトレイルレースとは違う世界の可能性を見せてくれた。 もちろん自己責任が大前提で、自分で自由にコースや行程を決めて現実世界とは全く異なる日本アルプスの山上の世界を旅するという新しい世界を感じさせてくれている。

東京マラソンは人生の価値に違う新たな視点を与えてくれた。 UTMFはその違う視点を更に拡大してくれた。 そして、TJARは拡大された視点を更に多次元的に深めてくれたと言えるかもしれない。